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道楽者の人生観

人間の栄化、天上の娯楽

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自己犠牲の相互関係

2012/03/29 00:42 ジャンル: Category:雑記
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おはようございます。
最近は暖かくなり始め、春を感じさせる陽気になってきましたね。
長らく花粉とは無縁だった自分も、いつからかこの時期になると鼻水が止まりません。

春は花見の季節。新たなスタートの季節。
どうでもいいけど、年度の始まりでもある4月1日が嘘ついてもよい日って文化おかしくないッスか?
なんかこれから始まる一年の出鼻を挫かれる感じがしてどーも嫌だわ。

ホントどうでもいいッスね(笑)
さぁて、今回の主観だらけのテーマは・・・・

"友達ってどんな存在なの?"




約一ヶ月ほど前、高校の頃組んでたバンドのメンバーたちと集まりがありました。
このメンバーたちとは卒業してからも付き合いがあり、時々集まって近況を話し合ったりしています。
といっても、だいたい集まるのはドラム(俺)とベースとキーボードの3人だけなんですけれども。

バンドといえば聞こえは良いですが、
実際は大して真面目に練習しない馴れ合いのような関係でした。

毎回ライブの度に演奏とは呼べないような酷い何かをしでかし、
反省会でラーメン屋に行く・・・なんてことがただただ楽しかった。

元々このバンドは全員、1年生のときのクラスメイト5人で組んだバンドなんです。
ですから、少なからず俺はこのメンバーたちとは友情を感じていました。



んで先日集まった時の話。
なんで集まったかというと、なんとベースが結婚するとのこと。
しかも、子供が4月には生まれると言うのだ。

自分は前からそれは知っていたんですが、
今回集まったのはそれを改めて報告&お祝い会ということ。

まぁ倫理的なことで書きたいことは山ほどありますけど、
今回はテーマが違う上に結局は本人たちの問題で、俺は言ってやれることは言ってやりました。
後は最近よく流れるような、育児放棄などの事件が起きないことを祈るのみです。


・・・んで、問題なのは
結局集まったのがいつもの3人だったということです!

これが今回の記事を書くに至った動機です。・・・そう、ぶっちゃけただの個人的な怒りです!
来なかったギターとボーカルは、素直に冷たい奴らだなと感じましたね(笑)

これで思ったわけですよ、彼らにとって自分たちはどういう存在だったのだろうか?ってね。



高校卒業と共に解散してしまったバンドのメンバーの結婚報告会・・・。
そんなものはメールで済ませばいい。
彼らにとって我々はその程度の価値でしかなかったのでしょうか。

これは主観ですが、今回は模擬とはいえ友達の結婚披露宴だったわけです。
そういう重要なことを軽んじるということは、そもそも友達じゃなく、
所詮はバンドのメンバーでしかなかったってことなんでしょうね。


・・・いや待てよ。そもそも友達の定義とは何なのか?


友情(wikipediaより引用)
友情(ゆうじょう)は、共感や信頼の情を抱き合って互いを肯定し合う人間関係、
もしくはそういった感情のこと。友達同士の間に生まれる情愛のこと


日常会話の中では、友情的な関係はその絆の強さによって、微妙に区別されたさまざまな表現がなされている。
最も繋がりの弱いものとしては「知り合い」、最も繋がりの強いものとしては「生涯の親友」がある。
後者は、長期間離れ離れになることがあろうとも繋がりが切れず、
双方が無条件で信頼し合うような関係についてを指す。



つまりは定義なんて無いということですね。
そもそも人間関係なんて抽象的なものは個人の捕らえ方次第ですものね。

でもそんなこと言ったらこの記事の存在自体、非常に不毛なものと化してしまうので、
ここに自分の中で友達というものをいくつか定義付けしたいと思う。



①社会的地位を保つための存在
要するにガキ大将についていけば敵対することはない。そういうことです。
世渡りをする上で人が身につけなければいけない能力。言わずもがなぼっちにならないため。
高校生ぐらいからはこういう感覚で付き合う人間関係が増えてくるんじゃないでしょうか?
友達とは名ばかりの安っぽい紙切れような関係。


②自分の趣味を共有するだけの存在
このあたりからがようやく友達と呼ぶにはらしくなってくるのかな?
ゲームをするならゲームをする。スポーツをするならスポーツをする。
実際、私もこういう付き合いだけの友達は結構います。
決して互いのプライベートなことには関わらない、最も楽な付き合い方。


③自己の相談ができる存在
自分自身のことについて話せる人、ということですな。
無論疑わしき者には話せない・・・すなわちその人が信頼の置ける人物でなければならない。
自分の中では一緒に飯でも食いに行けばだいたいこういう関係になってる気がする。(あくまで個人談)


④自己を犠牲にしてでも何かをしてやりたい存在
自己犠牲というと重いですが、その人に対して見返りを求めずにできることなら何でもいいです。
無償の愛で自分の時間を削る、お金を使う、労働をする。
"見返り"というものがやっかいで、実際は皆自分が一番かわいいので滅多にない関係だと思われます。



まぁ一般的にはこんなところじゃないんでしょうか。

これらの定義が正しいと仮定するならば、
高校のバンドのメンバーというのは、すなわち①に該当します。
まして自分たちのバンドは音楽というものに本気で取り組んでいませんでしたから。

最終的に何が言いたいかっつーと・・・

友達は大切しろ!
でないと最終的には信頼を失って見限られるぞ!


ってことです!
誘いがあるうちが華ですし、
しばらく会わないからって友達じゃなくなるわけでもないものだと俺は信じたいです。




☆あとがき☆

タイトルは理想の友達付き合いです。
残念ながら一方的に友情を感じていても、向こうが友達だと思っていなければそれでお終いですから。

小学生ぐらいまでは友達がいじめられていたら助ける、
すなわち自己犠牲を躊躇なく行えるのですが、
どうやら大人に近づくにつれ人間関係をメリット・デメリットでしか考えなくなるようです。
俺にしたって例外ではなく、一度社会に出てからそれは顕著に現れました。

今回の件は非常に怒りと哀しみに満ちています。
そんな中、友達っていうのはどういう存在なのか?
それを明らかにしたくて、考えをまとめるべく今回の記事を書きました。

自分が普段友達と呼んでいるのは自分にとって都合の良いだけの存在なのか?
この記事を読んでいただけた方は、そういった自問自答を一度してみてはいかがだろうか。

お互いがお互いを助け合える、持ちつ持たれつの存在。
俺にとっての友達、また俺のことを友達と呼んでくれる人たち。
俺はその人たちにとってそういう友達でありたい。
 



















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プロフィール

Mr.Fool

Author:Mr.Fool
一年で会社を辞めた浪人生のブログ。
将来は国語教師を目指している。

人生は何時だって思い立ったが吉日。
やりたい事と成すべき事、
未来をイメージしながらそこへ辿りつく。


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